男女共同参画センターを舞台に行われた女性への人権侵害

三井マリ子さんは、高校の教師から都議会議員に転身した経歴をもつ、著名なフェミニストである。2000年春、三井さんは、豊中市の男女共同参画推進センター「すてっぷ」の初代館長の公募に挑戦し、60人の応募者の中から選ばれた。「すてっぷ」は、豊中市が出資して設立された財団が運営する施設である。
その後3年近く、三井さんは、それまでの豊富な知識と経験を生かし、館長として献身的に働き、豊中市からも評価される実績をあげた。ところがそんな彼女を、豊中市は僅か3年半で館長の座から追放した。男女平等の流れに逆行する「バックラッシュ」勢力(注)が、豊中市や「すてっぷ」を攻撃するようになったためである。
三井さん追放のためには、手の込んだ「組織変更」まで行なわれた。豊中市は、秘密裏に、財団の非常勤館長職をなくし、館長を常勤にすることを画策した。そして非常勤館長であった三井さんには、契約期間の到来を理由に雇い止めを予告した。その一方で、新設する常勤館長の採用手続きを、これまた秘密裏に進め、豊中市のH部長は、他市の男女共同参画センターで働くKさんに対して、「すてっぷ」の常勤館長職への就任を説得していた。2004年2月に開催された「組織変更」を可決する理事会の直前に、事の成り行きを知った三井さんは、常勤館長に応募する決意をする。あくまで「すてっぷ」の館長として仕事をする可能性にかけたのだ。
三井さんの常勤館長職への応募によって、財団は、選考委員会を設置して、採用選考を行なわざるを得なくなった。しかし選考委員会には、豊中市のH部長が堂々と委員として居座っていた。三井さん排除のために、中心になって動いていた人物が委員を務める選考委員会で、公正な採用ができるわけがない。予想通り三井さんは、常勤館長の採用からも排除された。
「男女共同参画推進センター」という女性の地位向上を目指すべき機関において、「有期契約・非常勤」という、女性に共通の「弱い立場」を利用して人権侵害がなされたのだ。三井さんは、2004年12月、雇止めと採用拒否は違法であるとし、それによって被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを求めて裁判に立ち上がった。裁判では、豊中市のH部長がKさんに対して「三井さんは、常勤は無理と言っている。あなたしかいない」と嘘までついて、常勤館長に就任するよう説得工作を続けてきた事実も明らかになった。

 一審判決は市民には理解しがたい論理

 ところが大阪地裁民亊5部(山田陽三裁判長)は、2007年9月12日の判決で、三井さんの請求を全面的に棄却した。判決は、三井さんの雇用契約について、更新されることが法的な権利と構成できるものではないと雇止めを合理化した。そして組織変更が、三井さんに秘匿されて進められた不自然さを認定しながら、バックラッシュ勢力の攻撃に屈した組織変更であることを認定しなかった。
 さらには豊中市のH部長が、三井さんとKさんを選考対象とする選考手続きに関与したことについて、「公正さに疑念を抱かせる事情といわざるを得ない」と認定しながら、「H部長が選考委員となることによって、選考結果に何らかの影響を与えたような形跡は窺えない」から「本件不採用において、原告に対し慰謝料を支払わないといけない程度の違法性があったと認めることはできない」とした。
 これでは、採用で不公正な扱いを受けた疑惑がどれだけ強くても、選考委員会に盗聴器でも仕掛けておかないかぎり、裁判には勝てないということになる。三井さんは、怒りをこめて控訴した。
 住友電工の男女賃金差別事件では、一審判決が、昭和40年代の男女別採用は「憲法14条の趣旨に違反するが、公序良俗には違反しない」という、市民には理解しがたい論理で原告を敗訴させたが、高裁では、逆転勝利和解が実現した。三井さんに対してなされた今回の判決も「公正さに疑念を抱かせるが、違法でない」という、これもまた市民には理解しがたい論理だ。
 高裁で逆転勝利を実現させるために、ひとりでも多くの方がこの裁判に関心をもって下さり、裁判所にその思いを届けて下さる事を期待したい(この裁判を支援する「ファイトバックの会」のホームページは、http://fightback.fem.jp/)。

(注)バックラッシュ勢力・・・男女平等の流れに逆らい、「男は仕事、女は家庭」「男は強く、女はつつましく」などといった社会的な性差を再び強化しようとする勢力。豊中市では、北川悟司元議員が、その中心的な役割を果たして、豊中市・財団職員に対する攻撃を行なっていた。