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vol.26 書評 大川真郎著「『経済戦士』の父との対話・・・・・俳句にみる戦時下の人々」(図書出版浪速社・2022年4月発行) 

 

ロシアのウクライナ侵攻が始まり、「戦争」というものが、紙面を通して、そして映像を通して突き付けられる日々のなかで、この本を読んだ。著者の大川真郎弁護士は、私が弁護士として歩み出した時に、同じ事務所にいて、私を鍛えて下さった大先輩である。

 

著者の父・大川真澄氏は、第二次世界大戦中に起きた「太洋丸事件」の犠牲となり、39歳の若さで命を絶たれた。当時まだ1歳の著者と9歳の長男と妻が残された。私は、この本で初めて「太洋丸事件」のことを知った。

 

日本軍は、太平洋戦争の緒戦で、フィリピン・マニラ、シンガポール、インドネシアなどの南方諸地域の占領に成功すると、そこでの資源開発を主な民間企業に委ねることとし、資源別に企業約100社を選定した。南方諸地域への出発は、1942年5月と決まり、約100社の派遣社員約1000人が「南方派遣第一陣経済戦士(非戦闘要員)」として、一隻の船に乗り込み、南方諸地域のそれぞれの派遣地域に赴くことになった。この約1000人の経済戦士(非戦闘要員)を乗せた船が「太洋丸」であった。同年5月5日、太洋丸は、広島の宇品港を出発したが、五島列島沖と東シナ海を南下し、同月8日、男女群島の近海にさしかかった時に、アメリカの潜水艦による雷撃をうけ沈没し、817名が殉難した。著者の父は、武田製薬が人選した15名の1人として、太洋丸に乗船していたが、事件発生から22日後に、済州島北岸に遺体が漂着した。この事件を知った陸軍本部は、国民の戦意喪失をおそれて事件を隠蔽し、真相が明らかになったのは戦後のことである。

 

著者の父・真澄氏は、1923年(大正12年)3月大阪薬学専門学校(現在の大阪大学大学院薬学研究科・薬学部)を卒業後、1年間の志願兵を経て、株式会社武田長兵衛商店(現在の武田薬品工業株式会社)新薬部に入社した。真澄氏は多感な文学青年で、中学時代から俳句をはじめ、武田製薬に入社後も、「仕事」と「俳句」が車の両輪のような生活となった。俳号を立花とし、俳句同好会「青蘆会」を組織して、同好者の指導にもあたり、死後は、門弟たちによって、遺句集が刊行されている(「青蘆」大川立花著・昭和18年・大川立花句集刊行会・国立国会図書館デジタルコレクション)。

 

著者は問いかける。「父はことさら時局に迎合したとは思わない。しかし、為政者を信じ込まず、もっと広い視野と鋭い判断力で時代を捉え、国策に疑問を抱くことはできなかったのか。それは、当時の時代・状況・環境を知らないから言えることなのか、戦後ようやく戦争の実相を知りえたから言えることなのか。私は父が残した記録や資料をもとに、父の人生と戦争を知ろうとした。」

 

この本は、著者の父が残した数多くの俳句とそれに関連する資料、散文、そして死の1年前から書き残した日記を通して、著者が亡き父との無言の「対話」を繰り返すことで生み出されたものである。

 

著者は、父の日記に、当時の皇国史観の理論的支柱となった学者・谷口義彦京都帝国大学経済学部教授による「新体制の理論」(千倉書房)の要約と賛意が記されていたことを知る。この「新体制の理論」(千倉書房)の中には、以下のような記述がある。

 

「今日の世界を混乱に陥らせているのは、個人がつよくなる一方で、国家が弱くなっているからであり、その原因となっている『個人主義』『自由主義』『平等主義』『議会政治』『民主的原理』を排しなければならない。『指導者原理』は、国民に十分情報を知らせ、理解してもらうから『独裁国家』ではない。いまこそ求められているのは、世界に比類なき愛国心と滅私奉公の赤誠において他国民に優る日本国民が、大政翼賛会のもとで一致して、高度国防国家の建設に邁進することである。具体的には、世界新秩序再建の第一歩が満州事変、第二歩が支那事変、第三歩が大東亜共栄圏である。」

 

このように「新体制の理論」には、「国民に十分情報を知らせ、理解してもらうから『独裁国家』ではない」とあるが、1941年5月に中国・南京に軍務で出張を命じられた父のことに言及した箇所で、著者は「父は、南京滞在中、南京大虐殺の事実を知らされなかった。」と記載している。

 

「おわりに」で著者は「身びいきのためか、感性豊かで、詩情にあふれ、文才のある人が、早々に生を終えざるをえなかったことを無念に思い、あらためて許しがたい戦争であり、為政者たちだと思った。私の人生がかなり反戦・反権力だったのは、父の死によるものと思う」と締めくくっている。

 

戦争の残酷さと、戦争にからめとられていく人間のあり様を、亡き父との無言の対話で浮かび上がらせた著者の感性と筆力に、強く胸を打たれた。

 

今、この時期だからこそ、多くの方に読んでいただきたい一冊である。

 

弁護士 宮地光子

 

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