書評『一歩前へ出る司法―泉徳治元最高裁判事に聞く』  【弁護士 宮地光子】

2018.01.16

「裁量権」の行使について

本書(2017年1月発行・日本評論社)は、平成14年11月から平成21年1月まで、最高裁判所判事を務められた泉徳治氏に、3名の憲法学者がインタビューした内容をまとめたものである。

ここ数年、私は最高裁判所の厚い壁の前で、絶望的な気分になっていた。長年取り組んできた男女賃金差別事件で、最後に救済されずに残ったのが、職務職能給による差別である。職務職能給は、企業の査定によって、賃金を決定する。男女で賃金の分布に顕著な差があっても、「仕事と能力に対する評価の結果であって、男女で差別をしたものではない」という企業の主張を、裁判所は、企業には賃金決定についての裁量権があるという理由で、やすやすと受け入れる。「裁量権」の前に、司法判断を後退させるという枠組みは、企業の裁量権だけでなく、行政の裁量権についても、立法の裁量権についても同じである。

しかしこの立法・行政・企業の裁量権に、裁判所がメスを入れなければ、男女差別はいつまでたってもなくならない。そんな悔しさから、地裁・高裁の敗訴判決に対して、最高裁へ上告し、憲法違反や条約違反を縷々主張するが、最高裁からは、「上告理由が法定の上告理由にあたらない」との理由で棄却の決定を受ける。

そんな中で、どんなに頑張っても無駄なのかという思いに囚われていた時に出会ったのが本書である。泉氏は、御自身でも『私の最高裁判所論—憲法の求める司法の役割』(2013年6月発行・日本評論社)などの著作を著しておられる。本書や泉氏の著作を読んでみて、司法がこのままではダメだと思っている人は、弁護士だけでなく、元裁判官(しかも元最高裁判事)の中にもいるのだ、諦めるのはちょっと早いという気持ちにさせられ励まされた。

泉氏は、『私の最高裁判所論』のはしがきで次のように述べている。

「司法の重要性を多くの人に理解してもらうためには、何よりも裁判官が憲法によって課せられた司法の役割を十分に認識して、国民の権利自由を擁護するため、立法・行政の裁量権の行使について適切に審査し、企業の行動規範の形成などにも積極的に関与していくことが大切と考えるようになりました。」

 

憲法を具体的な権利として実現していく

そして泉氏の裁判所に対する現状認識は厳しい。泉氏は、平成8年11月から平成12年2月まで、最高裁事務総長を務められているが、そんな経験のなかで「裁判所は世の中の流れとは離れたところで仕事をしているにすぎないのではないかという疑問を持つようになりました。自分が選んだ職場がこれでは、ちょっと寂しいところがあります。裁判所が日本社会を動かす歯車の一つになるようにしなければならない、と自分なりに考えるようになりました。」と述べている(本書335頁)。

また泉氏は、本書のはしがきで「裁判所は、個人の人権の救済の場面においても、憲法自体から国民の権利自由を直接導くことに極めて消極的です。憲法の規定は、抽象的な原則の形で書かれているものが多いためか、それは単なる理念であって、そこから国民の具体的権利自由を導くことはできない、法律で規定されることによって、国民は初めて具体的権利自由を取得する、と考えがちです。……明治憲法が日本臣民は法律の範囲内において言論の自由等を有するとしていたことの影響を無意識のうちに引きずっているのかも知れません。」とまで述べている。つまり元最高裁判事の認識としても、日本国憲法は、具体的に個人の人権救済を導くものとしては、極めて不十分にしか機能していないのである。

昨年の総選挙でも、改憲勢力が3分の2以上を占める結果となった。しかし、今、本当に必要なことは、憲法の改正ではなく、憲法を単なる理念から、具体的な権利として実現していくことだと思う。本書を糧に、一歩前へ出る司法を目指して、今年も頑張って行きたい。

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