リレーエッセイ No.38 『日本の家族と戸籍  ――なぜ「夫婦と未婚の子」単位なのか』   -放送大学教養学部 教授 下夷 美幸-

2020.08.19

「戸籍」は私には手に負えない感じがしていたが、離婚や母子世帯に関わる政策研究を進めるにつれ、問題の根源は「戸籍」にあるのではないか、という思いが強くなり、戸籍に向き合うことになった。

 

周知のとおり、日本のひとり親世帯の貧困率は先進諸国の中でも極めて高い。なかでも、母親が働いているのに貧困から抜け出せない、という日本の母子世帯の実態は深刻である。それにもかかわらず、政府の支援策は乏しく、事態は一向に改善されていない。なぜ、母子世帯の問題は置き去りにされるのか。

母子世帯に対する政策を注意深くみていくと、死別母子、離婚母子、未婚母子という序列が浮かび上がってくる。そこには、離婚や未婚出産は自己責任、問題は自力で解決せよ、と見放すかのような国の姿勢がみてとれる。

 

結局、日本の政策の根底には、家族は「夫婦と子ども」からなるもの、それ以外は周辺的な存在、という見方があるのではないか。突き詰めていえば、「夫婦と子ども」といっても、それは「法律婚夫婦とその嫡出子」のことではないのか。さらに巨視的にみれば、戦後の日本社会では、「法律婚夫婦とその嫡出子」があるべき家族として規範化され、それがいまも強力に作用しているのではないか。いったいどうやって、それほどまでの規範化がなされたのか。と思いを巡らすうちに、私の関心は自ずと「戸籍」へ向かっていった。

 

こうして、「家族と戸籍」が研究テーマとなり、ふたつの仕事に取り組んだ。ひとつは、戦後の戸籍はなぜ「夫婦と未婚の子」単位になったのか、法改正を担った法学者と法務官僚の回顧談をもとに紐解くこと、もうひとつは、「夫婦と未婚の子」単位の戸籍が人々にどのような影響を与えたのか、新聞の「身の上相談」の記事から浮き彫りにすることである。

 

実際は、「身の上相談」を読み解くことから始めた。そこには、「法律婚とその嫡出子」の枠からはみ出す家族や個人の苦悩が記されていた。未婚出産した女性やその親族は、子を嫡出子として戸籍に記載しようと、あらゆる手を尽くしていた。夫が婚外子を認知したケースでは、妻子が、婚外子が自分たちの戸籍に入ることに強く抵抗していた。夫が離婚に応じず、やむなく事実婚を続けている女性は、パートナーとの子が夫の戸籍に記載されるのを拒否し、出生届を出したくないと訴えていた。離婚歴のある男性と結婚した女性は、夫の戸籍に前婚の子が記載されていることをめぐり、前妻と言い争っていた。子連れ同士で再婚した夫婦は、互いの子を年齢順に長男、次男、三男と戸籍に記載できないかと腐心していた。

戸籍に悩む人々の姿はみな痛々しく、制度のあり方ひとつでこれほど人が苦しまなくてはならないのかと、いたたまれない気持ちになった。

 

それで、制度を作った人に、どうして「夫婦と未婚の子」単位にしたのか、と問いただしたい思いに駆られ、彼らが法改正の経緯について語った講演や座談会の記録を探し集めた。

その発言をつなぎ合わせると、イデオロギー的な要因よりも、敗戦直後の紙不足や役所の戸籍担当職員の負担など、当時の社会事情によることがわかってきた。そして、紙の生産量や窓口業務の実情を調べてみると、たしかに現実はかなり厳しく、彼らの判断を現在の視点から非難することはできなかった。むしろ注目されるのは、法改正を主導した我妻栄(学者)と青木義人(官僚)がともに、戸籍をツールとみなしており、理念的には「個人」単位を支持していたということである。

 

このふたつの仕事をとりまとめ、現在の戸籍制度は自明なものではない、と説き、「個人」単位に改めることを主張したのが、拙著『日本の家族と戸籍――なぜ「夫婦と未婚の子」単位なのか』(東京大学出版会)である。

 

昨年11月に出版に漕ぎつけ、ひとまず戸籍の研究を一段落させたが、そうこうするうちに、新型コロナ危機で日常が一変した。国民生活に対する政府の支援の遅れにいらいらしたが、ようやく決まった1人10万円の給付金は、住民票に基づき世帯主に支給するという。またも世帯単位か、と腹立たしくなった。住民票は戸籍と別とはいえ、深く結びついた制度である。源流である戸籍のあり方を見直さなければ、日本社会は変わらないのではないか。コロナ禍に改めて、戸籍を「個人」単位に改める必要がある、と痛感した。

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