「泣いた、怒った、そして笑った」―アステラス製薬男女賃金差別裁判の勝利和解 弁護士 宮地 光子

2007.07.30

【走ることをやめず、走りながら泣いた】

「格差社会」という言葉が、政治のキーワードになっている。考えてみれば、女達は、はるか昔から「格差社会」の中で、もがき苦しんできた。しかし女にとっての「格差社会」は、あたかもそれが自然であるかのように扱われてきた。そんな社会に異議申立した女性が、また大きな成果を勝ち取った。

仙頭史子さんは、1972年に府立工業高等専門学校(府立高専)の工業化学科を卒業し、1973年に藤沢薬品(現在のアステラス製薬)に入社した。当時は今以上に、工業高校を卒業する女性はめずらしかった。

しかし理系の専門的知識を身につけた女性にも、「格差社会」は、ついてまわった。入社後配属された研究所の業務で、男性は様々な検討業務に従事するのに、仙頭さんは、単純な測定業務につかされることが多かった。

ある時、高卒男性が命じられた高度な機器操作を、自分にもできると考えた仙頭さんは「私にもやらせて欲しい」とリーダーに直訴した。しかしリーダーは「おまえは黙ってルーティンだけやっといたらええんや!」と吐き捨てるように言った。

この時のことを仙頭さんは、後の裁判の中で「『女性であるだけで、なんでこんなに非人間的な言葉を投げつけられ、仕事をさせてもらえないのか』と、当時、昼休みにジョギングをしていた私は、走りながらボロボロ涙が止まらなかったことを鮮明に覚えています」と陳述書に書いた。それを読んで私も涙。そして非人間的な言葉を投げつけられても、走ることをやめず、走りながら泣いた彼女の姿に、彼女のそれからの人生が象徴されているように感動した。

 

【裁判で男女差別の構造がくっきりと】

その後、研究所で男女平等の扱いをさせることの限界を感じた仙頭さんは、1990年、会社が営業職を社内公募したのに応募し、社内で初めての女性営業職として働くことになった。営業なら成果が数字ではっきりと出る。そうすれば男女差別をされることもないだろうと考えた彼女だったが、営業成績をぐんぐん上げても、賃金をはじめとする男女差別の処遇は依然として変わらなかった。

それどころか1997年の賃金制度改定を前にして、営業職からはずされ、子会社に出向し、再び研究所の業務に従事することになった。ここまできて仙頭さんは「差別は、公の場に出さない限り是正されることはないのだ」と確信した。折から、同じ製薬業界のなかでは、塩野義製薬を退職した女性が男女差別裁判に立ち上がっていた。また住友生命や住友メーカー3社の女性達の裁判の存在も、彼女の背中を押した。

2002年3月27日に大阪地裁に提訴。5年近くの審理を経て、男女差別の構造がくっきりと浮かび上がり、会社も男女差別を認めざるを得なくなった。裁判所は、本年3月に入って、解決金として2500万円が相当であると勧告し、3月27日に和解が成立した。

裁判は沢山の人達の支援にも支えられ、仙頭さんは、もう泣くこともなく、怒りを笑顔にかえて裁判を楽しんだ。6月15日の報告集会で配られた報告集のタイトルは「泣いた、怒った、そして笑った」だった。この裁判での勝利解決は、今も「泣きながら走る」多くの女性達そして男性達を、きっと励ましてくれるに違いない。

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