<PTSDと双極性障害の誤診>
ここ数年の間に担当した離婚事件で、夫のモラルハラスメントによって、妻がPTSDを発症していたにも関わらず、当初は、双極性障害と誤診されていたケースが複数あった。
双極性障害は、躁状態とうつ状態の両方をくり返す精神障害であるが、遺伝的な要因が強いとされている。他方PTSDは、生命や精神的な安全が脅かされた強いストレス体験により発症する精神障害である。従って本当はPTSDであるにも関わらず、双極性障害と診断されることは、妻に強いストレス体験を与えた夫の加害行為を不問に付してしまう。それどころか、あるケースでは、夫は、離婚原因は妻の精神障害であると主張し、自分は、妻の精神障害による異常行動の被害者であるかのように主張していた。
ちなみにこのような経験が私だけのものか、ChatGPTに「PTSDが双極性障害と誤診される場合がありますか」と聞いてみたら「はい、PTSD(心的外
傷後ストレス障害)が双極性障害(躁うつ病)と誤診されることはあります。これは、いくつかの症状が重なるため、診断が難しくなることがあるからです。」と教えてくれた。感情の変動、過覚醒症状、衝動的行 動などの症状がPTSDと双極性障害に共通しているからだという。しかし症状が共通しているからといって容易く誤診されてはたまらない。<誤診による弊害と誤診を生み出す要因> PTSDと双極性障害は治療法が異なるため、誤診は治療の効果にも、悪影響を与える。PTSDに対してはトラウマに基づいた治療(EMDR、認知行動療法など)が有効であるが、双極性障害には気分安定剤や抗精神病薬が使われる。 私は、このような誤診が生じる原因には、PTSDの診断基準の問題点と医療保険制度の問題点があると思えてならない。
<誤診による弊害と誤診を生み出す要因>
PTSDと双極性障害は治療法が異なるため、誤診は治療の効果にも、悪影響を与える。PTSDに対してはトラウマに基づいた治療(EMDR、認知行動療法など)が有効であるが、双極性障害には気分安定剤や抗精神病薬が使われる。
私は、このような誤診が生じる原因には、PTSDの診断基準の問題点と医療保険制度の問題点があると思えてならない。
<PTSDの診断基準の問題点>
PTSDの診断基準は、外傷体験(トラウマ体験)によって、人が強い恐怖、無力感または戦慄を抱くことが要件となっていて、命の危険に直面するような出来事が想定されている。しかし人が強い無力感を抱くのは、そのような出来事のみならず、モラハラを含む心理的虐待に長期間さらされた場合にも起こりうることである。ICD-11(国際疾病分類第11版)では、複雑性PTSDの診断基準が加わり、単発のトラウマのみならず、長期にわたって継続するトラウマによる発症の場合にも、PTSDの診断がなされるようになったが、複雑性PTSDのトラウマ体験についても「著しい脅威または恐怖を与えるような出来事」であることが要件とされていて、トラウマ体験が限定的にすぎるという問題点は、解消されていない。
<医療保険制度の問題点>
PTSDの正確な診断を行うためには、トラウマ歴の詳細な聞き取りが必要である。しかしそのような聞き取りに時間を割くことは、現行の保険点数を基準にして診療報酬を算出する保険制度を前提にする限り、医療機関の収益面では、およそ効率の悪い医療行為になってしまう。
仮に、トラウマ歴の詳細な聞き取りに3時間程度の時間を要するとして、現行の保険点数制度のもとで、医療機関が受けることのできる診療報酬はいくらになるか。これもChatGPTの助けを借りて計算してみると、最大でも19,340円であった。
ちなみに現行の保険点数の定めでは、初診で50分以上の面接を行っても、初診料に点数が加算されるのは50分までとされているから、初診で3時間の聞き取りをすると、医師は、2時間以上のただ働きになってしまう。従って、1回1時間の聞き取りを3回に分けて行うことにし、2回目からは再診料に50分までの時間加算をした保険点数で診療報酬を請求するのが、合理的な方法なのだが、その方法でも合計点数は1,934点で、額にして19,340円にしかならないのである。
他方、初診で患者から症状だけを聞き取り、その症状に近いと思われる病名をつけて、投薬を行い、初診を短時間で終えれば、初診料の保険点数に、投薬による保険点数が加算されるので、医療機関の収益面では、こちらの方がずっと効率がいい。精神科以外の診療科では、診断名を決定するまでに、検査料で保険点数をあげることも可能である。しかし精神科の場合、保険点数につながるような検査を必要とする疾患は限られているから、保険点数を効率的にあげようとすれば、投薬を行うしかない。この構造が、薬害被害を生み出す原因にもなっている。
患者を治療するには、障害の真の原因をつきとめることが不可欠である。そのためには現行の保険制度の仕組みを変えていく必要があると、離婚事件を担当した経験からも感じている。
以上