【新しい報告書が発行されました】
2012年夏のニュースレターで、NPO法人日本フェミニストカウンセリング学会・性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査グループによる、「性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査報告書」をご紹介しました。
同報告書は2011年に発行されたものですが、今年、同報告書が、さらにパワーアップし、タイトルもストレートに、「なぜ、逃げられないのか」と問題提起をするものに変わりました。
【相次ぐ無罪判決】
前回の報告書が発行された2011年の年末には、厚生労働省が、労働災害の認定基準に関して、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達において、セクハラ被害者が、加害者からの誘いに自ら応じていたり、迎合的なメールを送っていたりしていても、それが、セクハラ被害を単純に否定する理由にはならないことを明示しました。
その後、2017年7月には、110年ぶりに性犯罪に関する刑法の規定が改正されましたが、残念ながら、暴行・脅迫要件は維持されました。
みなさまもご存じのとおり、その前後においても、性犯罪についての無罪判決が相次いでいます。
これらのケースでは、被害が長期に渡るケースや、性被害そのものが事実認定において認められたにもかかわらず、加害者の故意を否定したケースもあります。
性犯罪については、従前から、刑事事件としての立件が見送られたり、無罪判決が出されたりするケースは多く、無罪判決は、最近、急に増加した訳ではありません。
ですが、最近の報道に接する限り、無罪判決が出たどのケースも、被害者は、極めて激しい苦痛に曝されており、SNS等でも、なぜ、このような事件が無罪になるのだ、という多くの強い疑問が呈されています。
【逃げられない・抵抗できない被害者】
裁判所が、抵抗できたはずである、被害を家族らに相談できたはずである、といった判断を行う背景には、被害者心理への無理解がありますし、被害者が抵抗している(拒絶している)ことを認識した上で、暴行・脅迫をもって被害者の抵抗を封じ、加害行為に及ぶことを要件とする現在の刑法の規定に、大きな問題があると言えます。
被害者は、仕事や研究や学校生活、さらには自分や家族等を取り巻く円滑な人間関係を失うことを避けようと、加害者に対して迎合的に対応したり、拒絶するそぶりを全く見せなかったり、場合によっては、「これは通常の恋愛関係だ」「自分は愛されているのだ」と思い込むことによって、自分自身の精神を守ろうとすることさえあります。
【加害者心理について】
加害者が、優位な立場や親しい人間関係にあることを利用して被害者をコントロールし、被害者が拒絶できない状況を作り上げ、加害行為に及び、それを継続する中で、被害者の心情に思いを致すことはありません。
最近でも、「何でもセクハラと言われるので、女性社員とコミュニケーションがとれない」「外見からは分からない女性の内心によって、セクハラかそうでないか決まるのは理不尽だ」といった意見を見かけます。
職場で、なぜ、性的な話題を持ち出さなければコミュニケーションを取ることができないのか、という根本的な疑問を感じますし、他者の性的な自由に踏み込み、それを侵害している可能性の有無を想像することが、それほどに難しいのかと、改めて驚かされます。
自分の言動の受け手が、自分に対し、嫌だ、不快である、という意思表示ができないかも知れないということが理解できていれば、不必要に性的自由に踏み込み、それを侵害することはないのではないかと思います。