1 約40年ぶりの相続法改正
昨年7月、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が公布され、約40年ぶりに相続法の改正がなされました。遺産分割前における預貯金債権の行使に関する規定の新設、自筆証書遺言の方式の緩和など改正点は多岐に及びますが、配偶者が亡くなったあとのもう一方の配偶者の保護を拡大する内容の改正も含まれています。男性よりも平均寿命が長い女性にとって、生活に大きく関わる改正です。ここでは「配偶者居住権」を取り上げてご紹介したいと思います。
2 「配偶者居住権」の新設
夫に先立たれたあとの生活の問題は女性(特に高齢女性)にとって切実です。そして、「住まい」は生活の基盤をなすものですが、性別役割分業が強い社会制度を反映してか、自分の名義で家を購入し所有している女性はそう多くありません。そのような中、今回の法改正で登場したのが「配偶者居住権」です。
「配偶者居住権」とは、一定の要件の下で、被相続人の配偶者が相続開始時に居住していた建物の全部について無償で使用・収益することを認める権利です。
それでは現行法ではどういうことが問題として指摘されていたのでしょうか。
例えば、夫に先立たれ、残された相続人が妻と子1人の場合を想定します。夫の遺産が自宅(2000万円相当)と預貯金(1000万円)だけである場合、遺言で別に定めていなければ各2分の1の法定相続分に従い遺産を妻と子で分けることになります。3000万円の2分の1ですから、妻が受け取ることのできるのは1500万円相当。ですので、2000万円相当の自宅に住み続けることが困難になります。
相続人同士の関係が良好で子が妻(多くの場合その子の母)の居住の継続に理解を示せばいいですが、そうでない場合(例えば、その子が妻以外の女性の子で関係が良好でないような場合)、遺産分割協議は難航し、結局、家を売却して現金化する必要に迫られます。そうすると妻は自宅を出て、新たに住居を探さなければなりません。
このように、残された配偶者が他の相続人の遺産の取り分を捻出するために現に住んでいる家を売らなければならなくなったり、相続後の生活が困窮したりすることを解消するために、改正法は自宅の「所有権」は子が相続をして、妻に「居住権」を与えるという選択肢をもうけました。自宅の「所有権」と「居住権」を別個の権利として扱うことを可能とし、残された配偶者が死ぬまで自宅に居住しつつ、一定の他の遺産を相続することができる仕組みを作ったわけです(改正後の新民法1028条~1036条)。
先の例でいいますと、妻が「配偶者の長期居住権」を取得し、子が「負担付所有権」を取得して、遺産の預貯金を分け合うという解決も可能となり、妻は自宅に住み続けつつ預貯金も分け合えるため、生活の安定化がはかられます。
3 配偶者の保護を拡大する方向での改正
このほか、今回の法改正では「配偶者の短期居住権」の新設(新法1037条)や、婚姻期間が20年以上である夫婦の一方が他の一方に対し、その居住用建物や敷地を遺贈又は贈与したときは、持戻免除の意思表示があったものと推定するとの規定(新法903条4項)をもうけるなど、配偶者の保護を拡大する方向での改正がなされています。
今回の相続法改正は、2013年9月4日の婚外子差別最高裁違憲判決とその後の民法改正を契機として、課題として浮上し法改正に至ったという経緯があります。ですので、全体として流れている考えは、いわゆる「妻の座の底上げ」であり、家の中にあって家族のために無償労働を担う(担わされている)女性の保護の意味合いが色濃く出ているものといえます。
(なお、改正法の施行時期は改正項目によって分かれており、配偶者の居住権の保護に関する改正部分は交付の日から2年以内の施行となっています。)