【性暴力被害に遭っているときの女性の心理】
性暴力事件を担当して、苦労するのは、強制わいせつやレイプの加害者が、顔見知りの男性である場合である。
Aさんは、友人の女性と一緒に、知人の男性Bと飲みに行き、友人の女性が帰宅した後も、Bから誘われてさらに飲みに行き、時間は深夜になってしまった。Bは、店を出た後も、ちょっと歩きたいとAさんを誘い、真っ暗闇の凍てつく住宅街の中、Aさんを連れ回した。そしてBは歩きながら、何度もAさんを抱きしめたり、首筋にキスをしたりした。その時間は数時間にも及んだ。
裁判の中で、Bは、そのような行為に及んだこと自体を否定してきたが、さらにAさんの主張が信用できない理由として、もしも本当にAさんが強制わいせつの被害に遭っていたのなら、途中、いくらでも逃げて帰るチャンスはあったはずなのに、Aさんは逃げなかったという主張をしてきた。
Aさんにとっては、土地勘のない住宅街で、しかも深夜、ひと気もない状況であってみれば、Bから逃げようとしても、追いつかれることは必至であったし、逃げることによってBの怒りを呼ぶ怖れもあったから、逃げようと思えば、逃げられたはずというBの反論自体不合理であった。
しかし逃げても逃げ切れないという事情だけで、被害に遭っている時のAさんの心理を説明し尽くすことはできない。被害に遭った直後に、AさんはBに対して、「あなたが触れてくるのを強く拒否しなかったし、嫌だと言って帰ることもしませんでした。……あの時の私は本当に混乱していてとても冷静には考えられませんでした。あの夜まではあなたのことをまだ友達になる人だと思っていたから、優しくしたいという気持ちもありました。でもきっぱり断って置き去りにしても帰るべきだった。そうしなかったことをとても後悔していて、今もとてもつらいです。」という内容のメールを送っている。
【疑問を解決してくれる「トラウマ反応の性差」】
性暴力事件で加害者の男性から主張される反論のほとんどが、そんなに嫌であれば、逃げれば良かったのに、なぜ逃げなかったのかというものである。
この加害者の主張は、被害者は危険な出来事からは、逃げるものであるという理解が前提となっている。しかしながら昨今、トラウマ反応をめぐる生物学的研究の成果として、トラウマ反応についても性差が存在することが指摘されている。
精神科医師の宮地尚子氏は、岩波新書『トラウマ』において、このような生物学的な研究のなかで、近年注目されているのが、女性に多いとされる「いたわって仲間になる」(tend and befriend)という対処法であると紹介している。そして女性や子どもなどの弱者が被害を受けたときに、加害者にすりよっていくとか、おもねるような行動をとってしまうことがあり、これらの行為は「同意」や「誘惑」や「媚」と誤解されやすく、用囲からも批判的に見られやすいが、このような「迎合」は、大脳皮質レベルでの判断と、生き延びるための重要な反射的行動が混じりあったものなのかもしれないと指摘している。
そしてこれまでの生物学的研究自体、「強い」オスをモデルとし、しかも生死に関わる危機的反応に焦点がおかれてきた傾向があるが、人間の行動はより高度で複雑であり、トラウマ体験時に「なぜ逃げなかったのか」「なぜ抵抗しなかったのか」という被害者への問いは、かなり単純で古い生物学的モデルをベースにしているものであると指摘している。
「なぜ逃げなかったのか」という問いかけは、DV事件のなかでも、繰り返し被害者に突きつけられる言葉である。もちろん経済的な事情が原因で、逃げ出せないというケースが多いと思われるが、DV被害者が、被害に遭いながらも、加害者の為に必死に尽くしているケースなどを見ると、この「トラウマ反応の性差」という言葉が、疑問を解明してくれるように思う。裁判所にもそして社会にも、理解が広まって欲しい言葉である。