【「男女共同参画社会実現の担い手となりうる法曹」とは?】
ロースクールで法女性学の講義を担当して2年目になる。学生に配布されるシラバスには「我が国の社会システムとりわけ司法の現状をジェンダーの視点から検証するとともに、男女共同参画社会実現の担い手となりうる法曹に求められるものは何かを明らかにする」と、大それた講座の目的をうたっている。しかし「男女共同参画社会実現の担い手となりうる法曹に求められているもの」が何なのかは、私自身、未だに自問自答していることである。
1年目の授業を聞いてくれていたA君が「今まで女性に関する法的問題は、女性の気持ちがわかる女性の法曹の方が仕事をされる方が適切であり、私(男)には、もし法曹になれたとしても、あまり関わりがないのかなという印象でした。しかしながら先生が授業で紹介して下さる事例等法的問題に触れるにつれて、私も男性の立場からでもこのような仕事に関わり、正義を実現することができればと考えるようになりました」と感想を寄せてくれた。このA君の「女性の気持ちがわかる女性の法曹」という表現の持つ意味を、今年は、改めて考えてみた。女性なら、女性の気持ちがわかるのだろうか?
今年の講義でも、離婚調停をとりあげたが、離婚調停についての教材を探していて『こころを読むー実践家事調停学―当事者の納得にむけての戦略的調停』(飯田邦男著)という本に出会った。著者は現役の家裁調査官であり、調停委員むけに書かれた本であるが、弁護士にとっても参考になることが多い。
【想像力の土台は「共感力」】
著者は、調停委員について「事実の把握が弱い」と指摘し、その改善策のひとつとして「良い質問をする」ことを勧めている。著者は、ある精神科医が、治療者が「想像力」を働かせて質問できるかどうかによって、患者から引き出せるものがどれほど違うかということを実際に報告しているケースを紹介した後で、次のように締めくくっている。
「当時者の話を『それなら大変だろうな』『よく辛抱してきたな』『子どもを抱えて頑張ってきたんだな』といろいろと想像してみる。そうすると、それは、当事者の姿や本音に一歩近づいていることになるのではないだろうか」と。
事実を把握するためには、「良い質問」が必要であり、「良い質問」をするためには、「想像力」が必要なのである。しかしさらにいえば「想像力」を働かせるための土台は、著者の「それなら大変だろうな」「よく辛抱してきたな」という言葉からも明らかなとおり「共感力」にあるのではないだろうか。
また著者は、良い質問をするためには、さらに「夫婦や家族に関する豊かな知識やデーター」をベースにした「高度の知的判断」が求められるとしている。「夫婦や家族に関する豊かな知識やデーター」は、「想像力」に広がりと客観性と持たせてくれるのだと思う。
【「共感力」「想像力」に性差はあるの?】
さて、女性であれば、女性に対して「良い質問」ができるだろうか?女性として生きてきたことは、女性の経験について「想像力」を働かせるうえで、確かに有利なことである。でもただ女性として生きてきただけで、「共感力」に乏しければ、「想像力」を働かせる土台が育っていないことになる。時に、女性が原告となったセクシャル・ハラスメント事件や、性被害の刑事事件で、女性裁判官が女性に厳しい判決を下すことがあるのも、こんなところに原因があるのかも知れない。
逆に「共感力」豊かな男性であれば、「想像力」をふんだんに働かせて、さらには「夫婦や家族に関する豊かな知識やデーター」を助けに「良い質問」をすることが可能になるだろう。A君が、私の話を聞いて自信をもってくれたとしたら、彼の「共感力」という土台の上に、講義で知ったことが力になったのだと思えて嬉しい。そして私自身は?と言えば、女として生きてきたということに、あぐらをかかずに、「共感力」を錆びつかせず、「想像力」を眠らせず、日々「良い質問」を心掛けねばと思っているところである。