性犯罪に関する刑事法の問題が浮き彫りに
昨年10月7日、障害のある女性Aさんの性暴力被害について、被告人に「強制わいせつ罪」で懲役3年執行猶予5年保護観察付の判決が言い渡されました。片道1時間以上かけて毎日通っていた障害者の事業所からの帰り道、‘ナンパ’をしていた見知らぬ男性から声をかけられ、ホテルに連れ込まれ、性暴力の被害を受けた事件です。Aさんには家族以外の人の前では話すことができない「場面緘黙症」という障害がありました。
刑法の性犯罪規定の問題は、これまでも何度かニュースレターに書いてきましたが、いよいよ昨秋から法制審議会で、改正に向けた議論が始まっています。Aさんの事件は、性犯罪に関する刑事法の問題を改めて浮き彫りにしました。
「暴行・脅迫」要件が壁に
一つは、強制性交等罪が成立するために必要とされている「暴行・脅迫」の要件です。被告人は強制わいせつ罪で起訴されましたが、捜査段階では強制性交等未遂罪の嫌疑がかけられていました。被告人は「性交したい」という目的を隠して女性に話しかけ、身振りで拒否したAさんを強引にホテルに連れ込み(被告人は声をかけた時のAさんの反応や様子から、嫌がっていたこと、また障害のあることを認識していたと述べています)、ホテルの部屋からAさんが逃げられないように立ちはだかり、「殺されるかもしれない」という恐怖に怯えているAさんをなだめながら性的行為に及び、必死に抵抗していたAさんが男性を蹴って逃げ出せたという事案です。検察は、強制性交等未遂罪での起訴を検討していましたが、「暴行・脅迫」の要件が壁となり、強制わいせつ罪で起訴したものと思われます。
被告人はAさんに障害があることに乗じて犯行に及んでおり、裁判では警察に捕まるかもしれないという思いを抱くことすらなかったと証言しました。明らかに障害があるという脆弱性に付け込んだ犯行でした。
裁判官は、「被害者の特性を認識していたのに、自らの下劣な要求を優先させ、被害者の性的自由を侵害したものであり、犯行は卑劣かつ自己中心的」であったと断じました。
今回の法改正では、是非とも、強制性交等罪から振るい落とされている、障害を利用し、あるいは障害があることに乗じて行われた性的行為についての処罰を新たに設ける改正を実現する必要があると考えます。
被害供述を確保する難しさ
二つ目は、被害者の供述の取り方の問題です。Aさんは、家族以外の人に言葉を発することができない障害を持ちながらも、検察が工夫をこらし、また家族からの精神的な支えのもと、障害を乗り越えて被害状況を言葉にすることができたため、起訴にこぎつけることができました。供述調書が作成できたことは奇跡的なことだったと思います。
被害者に障害があるために、被害申告の入り口段階で捜査の土俵にすら上らず、「なかったことにされている」事件が圧倒的多数というのが実態です。性犯罪の起訴率の低さは、障害の有無にかかわらずに起きている問題ですが、障害のある人が被害者の場合には、より一層、有罪を獲得するまでの道のりが険しいのが現実です。
被害者の心理的なケアを優先しつつ、いかにして刑事裁判に耐え得る信用性のある供述を確保するのか、その手法や制度の確立が大きな課題といえます。
6年ほど前から、子どもの虐待事件を中心に、子どもの心理的負担を軽減し、被害供述の信用性を確保するために、児童相談所・警察・検察の三者による「協同面接」という手法が取り入れられていますが、いまだ試行錯誤の段階にあります。
法制審議会では、「被害者らの聴取結果を記録した録音・録画の証拠能力の新設」も論点とされていますが、子どもや障害のある人をはじめとする被害者の供述の取り方等について、「司法面接」の手法やそれを担う機関のあり方、被害者の保護など、根本的な制度設計から議論を行う必要があると考えます。
加害者対策の制度整備を
三つ目は、加害者対策の問題です。今回は、保護観察付の執行猶予判決でした。裁判官は、「被告人が意に沿わない性的行為を軽く考えていたことに照らすと、認知行動療法に基づく再犯防止プログラムを受講させる必要がある」として保護観察を付しました。
この事件の加害者には、性や性行動に関する大きな認知の歪みがありました。二度と再犯することなく、更生するためには、根底にある女性差別や障害者差別の意識をなくすことが不可欠です。ジェンダーの視点を取り入れた認知行動療法のプログラムの開発やその刑事罰への導入など、加害者対策の制度の整備が必要ではないでしょうか。