たたき台の概要
昨年7月に発行したニュースレターvol.44で、離婚後の子どもの養育について検討する法制審議会(法務大臣の諮問機関)の家族法制部会が、「共同親権」を導入する方向で議論を進める見通しであり、私自身は共同親権の導入に慎重な立場であると記しました。
共同親権の導入に関する問題は、多くの方の関心を集めているようで、ニュースレターをお読みいただいた方々から様々なご意見をいただきました。
その後、昨年8月29日、家族法制部会は、離婚後の子どもの養育をめぐる制度の見直しに向けた民法改正要綱案のたたき台を示しました。そのたたき台の概略は以下のとおりです。
1 協議離婚の場合に父母間の協議で、共同親権にするか、単独親権にするかを選択することができる。
2 裁判離婚の場合には、裁判所が共同親権にするか、単独親権にするかを判断する。
3 親権の合意ができていなくとも、裁判所に親権に関する調停または審判を申立てておけば、協議離婚をすることができる。
4 子どもの利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、親権者を変更することができる。
このたたき台については、現在も議論がされており、今後修正がなされる予定ですが、現状の案で、私が懸念するのは以下の点です。
疲弊する家庭裁判所
まず、共同親権が導入されれば、今まで以上に親権に関する紛争が裁判所に持ち込まれるおそれがあります。今までは単独親権制度のみでしたので、自分が親権者にはなれないと諦めていた他方配偶者が共同親権者であればなれるかもしれないと、協議離婚の場合に簡単に親権を譲らず、家庭裁判所に親権に関する申立てを行う可能性があります。
家庭裁判所は現状でさえ、大量の事件を抱え、パンク寸前であると感じます。未成年の子どもがいる場合の離婚事件で面会交流や親権に関する紛争になる可能性が高いケースでも、第1回目の調停から調査官が関わることはほとんどなく、調査官が入るのは2回目、3回目の調停からです。実際に調査に入ることになっても調査の内容は限定的ですし、1人か2人の調査官が調査を行いますが、調査開始から調査報告書が出てくるまでに2カ月以上かかることがほとんどです。そんな中、さらに膨大な事件が持ち込まれれば十分な審理ができなくなり、子どもの福祉を害する結果になるのではないかと強い不安を感じます。
実務にかかわる弁護士の多くは同様の不安を抱いています。昨年8月31日~9月5日に弁護士ドットコムで実施されたアンケートでは、「たたき台」について弁護士に賛否を尋ねたところ、56.3%が「反対」、21.0%が「どちらかといえば反対」と回答しています。
DV等が見逃されないか
次に、DV等の問題があるケースで共同親権になってしまい、被害者がいつまでも加害者から逃げられない事態にならないかという懸念があります。この点、DVや児童虐待があるケースは例外であるということは共同親権を推進する立場からも言われていました。
法制審でも、父又は母が子どもの心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるときや、父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無、親権者の定めについて父母の協議が調わない理由その他一切の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるときなど、共同親権とすることで子の利益を害する場合を具体的に定めるべきであるという議論がなされてはいます。
しかし、父母が共同して親権を行うことが困難であり、単独親権にすべきと判断するのはやはり裁判所になります。現状でも、客観的な証拠がないとDVが見逃されたり、子どもが低年齢の場合に子ども本人の虐待やDVを受けたという主張が監護親から吹き込まれたものとして無視されてしまうことが起きています。
すでに共同親権を導入している国でDV加害者から逃れられない事態が起こり、共同親権制度の見直しが求められています。フランスの映画「ジュリアン」は、主人公のジュリアンが裁判所で父の暴力を陳述書で訴えますが、裁判官はそれを無視し、隔週での面会交流が命じられるところからスタートします。そして、父は、共同親権を盾に、離婚した妻に居所を明らかにせよと迫ります。このようなことは日本でも起きる可能性が大変高いと感じます。
そもそも、裁判に親権の争いが持ち込まれる案件は夫婦間の葛藤が熾烈で、離婚後の共同親権になじまないケースがほとんどではないでしょうか。制度の導入には、まず、司法の物的・人的拡充が先ですし、子どもの意見をしっかりと聞く機関が家庭裁判所以外に必要になってくると考えます。議論がまとまれば、近いうちに国会に共同親権に関する民法改正案が提出される可能性がありますが、慎重な議論と検討がなされることを希望します。この問題については引き続き、注目していきたいと思います。