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2024年01月16日
仕事・労働性差別・ジェンダー
乘井 弥生

「年収の壁」 ~女性の経済的自立の視点からの議論を!~  弁護士 乘井 弥生

■ 女性の経済力の無さ

離婚事件に取り組んでいると日々痛感するのは、女性の収入の低さ、経済力の無さです。女性の経済的地位が低いのは万国共通でしょうが、日本はひどい。しかも、教育における格差が少ないにもかかわらず、経済的地位は低いままです。
性別にかかわらず教育がなされ、高等教育を受けていても、それに見合う職業上の地位、収入が得られていないのです。
収入が多ければ全てがハッピーになるという単純なものでないでしょう。でも、離婚事件における紛争を見るにつけ、経済力が無いために人生における選択肢を狭められ、自信を失っている女性達、母子家庭の貧困の様相にため息が出ます。また、「扶養する者、される者」という関係がパートナー関係の本来の豊かさを歪めているようにも思います。

■ ある家庭での夫婦の会話

以前、ある女性から家を出るきっかけとなった夫婦の会話を聞きました。
夫からの経済的締め付けがあり、「俺の稼いだ金で養ってやっている」という言葉への対抗心から自分の判断で使えるお金を得ようと、女性はパートで働く時間を増やし給料を増やしました。ところが、ある夜、帰宅した夫から「俺の給料がめっちゃ引かれてる!お前が扶養の範囲で稼げる額を勝手に上げたからや。罰金払え!」と罵られたというのです。
もしかして、こういう会話、ほかの家庭でもありませんか?
ここまで露骨でなくても、妻が自分の給料を増やすことについて、夫の了承が必要といった「常識」がまかり通っていませんか?
なぜ、女性は自分の給料を増やすことを躊躇し、給料を「頭打ち」させるため就業調整をしなければならないのでしょうか?
問題の根本は、国が取ってきた政策、つまり「年収の壁」にあります。

■ 「年収の壁」とは

「年収の壁」とは、配偶者の扶養に入りパートなどで働く人が、一定の年収額を超えると扶養から外れ、年金や医療の社会保険料の負担が生じ、手取り収入が減ることをいいます。
年収に応じていくつもの壁があり、例えば103万円を超えると所得税の支払いが生じ、夫の配偶者控除の適用がなくなります。夫の勤務先によっては家族手当の対象外になることもあります。
また、パート先の規模が大きい企業では106万円、それ以外の企業では130万円を超えると社会保険料の負担が生じます(いわゆる第3号被保険者の優遇がなくなります)。さらに、150万円を超えると配偶者特別控除を満額受け取れなくなり、201万円を超えると配偶者特別控除を受けられなくなります。
パート就労は女性が圧倒的に多いですが、上記のように年収が増えると本人または夫、世帯収入への影響があるため、年収を増やさないよう女性の就業調整(働き控え)を誘導する税制・社会保障制度となっているのです(※注)。

■ 政府の「年収の壁」キャンペーンを見て

さて、現政権は昨年10月から、この「年収の壁」解消に向けて、従業員の年収が一定水準を超えても手取り収入が減らないように取り組む企業を助成する政策を始めました(内容的には企業への助成金であり、期限付き)。
政府広報を見ると、「『年収の壁』突破しませんか ~パート・アルバイトで働く方が『年収の壁』を意識せずに働ける環境づくりを後押しします」とのキャンペーンがなされています。
けれども、この政府広報を見て、私は、「えっ!『壁』を作ってきた国が、『壁』突破しませんか、ってどういうこと?」という突っ込みを入れたくなりました。
そもそも昭和の時代、「夫:主たる生計維持者、妻:夫の就労を支え家事を担う人」という性別役割分業を前提に、中立公平でない税制・社会保障制度を作ってきたことが問題の根底にあるからです。

■ 女性の経済的自立について正面から議論を

今回の現政権の政策に関しては、女性パートに依拠する業界、企業から「年収の壁を意識した就業調整が人手不足の要因となっている」として対策を求められた結果の政策との指摘もなされています。
しかし、単に「人手不足だから女性達よ、もうちょっと働いて」というだけなら、根本的な解決とは程遠いでしょう。
「正社員の夫とそれを支える専業主婦」をモデルとするという過去の価値観(昭和の時代の性別役割分業強化政策の中で作られた価値観)そのものを見直し、女性の経済的自立を促進し、貧困問題を解決するという点からの抜本的かつ総合的な政策が必要ではないでしょうか。
そして、そのためには、「こっちが得、こっちが損」といった目先、小手先の議論ではなく、正面からの国民的な議論が求められていると思います。

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※注 「配偶者控除」とは、1961(昭和36)年に扶養控除から独立して別個の所得控除として設けられたもの。また、「配偶者特別控除」とは、1987(昭和62)年に「専業主婦の内助の功を評価する」として導入されたもの。また、年金の「第3号被保険者制度」とは、第2号被保険者の配偶者で年収130万円未満の場合、個別に年金保険料を納める必要がないとする1986(昭和61)年に導入された制度。

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