【事実上の退職勧奨、マタハラの進化系】
A子さんは、名だたる鉄道会社で正社員として働きはじめて約8年。駅の改札や案内業務などに従事してきました。夫婦共働きのため、5歳と3歳の子どもを自宅の最寄りの保育所に預けています。二人目を妊娠出産したとき、上の子のときと同じように産前産後・育児休職を取り、職場復帰した後も育児短時間勤務で事務仕事をしていました。ところが、下の子が3歳の誕生日を迎えた後の業務として命じられたのは、朝8時から夜9時45分までの時間帯での不規則勤務(駅の改札業務)でした。保育所が開いているのは朝7時から夜7時までのため、これでは子ども達の送迎ができなくなってしまいます。彼女の夫も早朝勤務や深夜勤務があり、互いの両親等に送迎を依頼できない事情もあるため、夫婦で時間調整をしても子どもの送迎ができない日がどうしても出てきます。
そこでA子さんは、勤務時間が朝9時から夕方6時までの時間帯となるよう勤務時間の配慮を願い出ましたが、上司からは、就業規則の範囲内でしか配慮しないとの回答でした。そればかりか、「家庭の事情、色々ありますわ。僕は両親の介護のために嫁さんに会社辞めさせましたよ。」などと言われ、24時間保育の保育園をちゃんと探したのかと聞かれ、不規則勤務を変更してもらうことはできませんでした。この会社では、満3歳以上で小学校に入るまでの子どもを育てる労働者に対しては、「1ヵ月実働24時間、1年実働150時間を超えて所定外労働をさせることはない」、「午後10時から午前5時までの間に労働させることはない」との定めがあるものの、子どもが3歳に達した後小学校入学までの間については所定労働時間の短縮や勤務時間帯の配慮等については就業規則に定めがありません。
A子さんのように、子どもが満3歳に達したとたん、実際にできないような不規則勤務を命じることは、事実上の退職勧奨だと言えます。勤務時間に配慮をして欲しいと相談しても応じてもらえなければ、そんな時間帯で働き続けることはできないのです。
私はこの話を聞いたとき、「マタハラの進化系」だと思いました。子育ては子どもが3歳を過ぎても続きます。小学校に入学するまでの子どもを持つ労働者が、勤務時間帯を朝9時から夕方6時までにして欲しいと願い出ることは、決してわがままなことでも虫が良すぎる話でもありません。ましてやこの会社は従業員規模も大きく、育児時短取得後のA子さんに割り当てる仕事の時間帯や仕事内容を子育てに支障がでないように配慮することは十分できるはずです。
ちなみに、この会社の親会社が出しているCSR報告書には、「社会への取り組み」として、「働きやすくやりがいのある職場づくり」、「当社では、働きながら育児や介護を行う従業員をサポートする育児・介護休暇制度や育児・介護短時間勤務制度を導入しています」「次世代育成支援対策に取り組む企業として、平成20年度から継続して厚生労働省の次世代認証マーク(愛称「くるみん」)を取得しています」と書かれています。
しかしながら実際には、A子さんのケースのように、3歳以上の子どもを育てる労働者が子どもの小学校入学までの間に勤務時間や勤務時間帯について配慮するところまでは至っていません。
【次世代育成支援の名にふさわしい企業とは】
育児介護休業法(第24条の3)は、所定外労働の制限に関する制度、所定労働時間の短縮措置や始業時刻変更等の必要な措置を講ずるよう、使用者の努力義務を定めています。勤務時間帯を保育所の送迎に支障が出ないように配慮する措置を講じることも「必要な措置」と言えます。しかし、これが未だ努力義務規定にとどまっているため、違反しても法律上の罰則が課されることはなく、使用者が「うちは法律に違反していない」と強弁する余地を与えています。しかし、法の趣旨からすれば、そんな言い訳は通りません。
法が定めた努力義務を果たさない企業に、「くるみん」なんてものを取得させてはならないと思います。
働く側からも、消費者・顧客・市民の立場からも、「普通の暮らしができる働き方」のできる企業がとくに高く評価されてこそ「次世代育成支援」に取り組んでいるといえるのではないでしょうか。
A子さんと同じような思いをされている人は少なくないでしょう。「おかしい」と感じる力を大切にして、都道府県の労働局雇用均等室に紛争解決援助を求めたり、労働組合や弁護士に相談しましょう。声を上げる人が多くなれば、きっと道は開けます。A子さんも勇気を出して立ち上がりました。彼女が働き続けられるように、同じ大変さを抱えている人たちにも元気が出るような結果をご報告できるよう、今年も頑張ります。