【制度設計のモデルは一つだけ?】
この社会は、男性に「男らしさ」、女性に「女らしさ]を求める「性別規範社会]だ。服装、着替え、風呂、トイレ、言葉遣いなど、日常生活でも男女はこと細か<区別されている。こうした性別規範は、社会的慣習のみならず、社会制度の基礎でもある。今の日本社会は、身体的差異にもとづいて男女に二極化された「性別行動規範」をベースに揺りかごから墓場まで、異性愛の夫婦と子どもを想定して制度設計されている。他方、単身者、ひとり親、LGBTなど上記モデルに沿って生きない人間は、社会保障、扶養認定、医療、入院、結婚、相続、冠婚葬祭まで、常に余分なコストを強いられる。そればかりでな<、既存の性別規範に合わないことで「非常識」「反道徳的」「異常」と蔑まれたり、「対応が面倒」との理由で排除され、たとえ危機に直面しても支援を受けられなない怖れがある。
私が所属する「NPO法人共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク(略称:共生ネット)」は、同性愛、性同一性障害、性分化疾患など、性指向・性自認・身体性別が非典型とされる性的マイノリティ(LGBTI)への偏見を解消し、その視点を国や自治体の政策に反映させるための全国組織で、当事者、支援者、専門家が、国や自治体に働きかけ、教材開発、啓発研修、電話相談事業、同行支援などに取り組んでいる。
複合的悩みが浮き彫りに
2012年3月11日に始まった24時間無料電話相談「よりそいホットライン」(0120?279338)の弁4「性別や同性愛などのご相談」もそのひとつだ。10月末までに「よりそい」には全体で500万件のアクセスがあった。我々の専門回線にも16万件以上(全体比3~4%)あったが、実際に取れた電話はその10%強にすぎない。相談者の性別は、だいたい男性、女性、トランスジェンダーの方が同数程度。性自認と性指向に関する相談比率は半々程度で、重複する場合もある。相談者には失業中、無職、疾患ありの方も多く、自責の念、罪悪感、露見不安、自尊心の低下、不眠、人間関係上の困難などを訴える。中には早急に対応すべきDVやいじめなどの暴力被害、虐待、自傷、自殺念慮なども相当数あるが、一時保護も含め、対応できる公的機関は非常に限られている。
2004年に施行された「性同一性障害特例法」で性別更正を済ませた数は2011年末で2847名(最高裁判所「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」第3条第1頂に基づ<、戸籍の性別更正数調査結果)だが、その数は性同一性障害の診断を得た者の1割足らずで、残りの9割は健康上の理由や経済的制約、家庭の事情などで性別変更要件を満たせないといわれる。性同一性障害の治療までは望まないが性別違和感をもつ人(Xジェンダ一と呼ばれる)も相当数いるし、たとえ性別適合手術を受けて戸籍性別を換えても、社会の無理解や性別認識の壁は容赦な<立ちはだかる。いっとき減少傾向だった自殺念慮が、2010年は再び増加に転じたとの報告もある。今年8月末の自殺総合対策大綱見直しでは、一般市民の5~6倍といわれる性的マイノリティの希死念慮が取り上げられ、性的マイノリティの自殺防止のため「民間団体との連携」や「教職員への普及啓発」が、法務省、厚生労働省、文部科学省の施策に初めて盛り込まれた。(毎日新聞大阪朝刊2012年10月12日「性同一性障害:自殺未遂者、不況で急増 08年以降上昇に一岡山大調査」)
【増える法律相談への対応は】
一方で性的マイノリティ当事者が、法律相談を活用し、司法に訴えるケースも増えている。本稿執筆中にも、戸籍性別変更を理由に入会拒否に遭った方が、静岡地裁浜松支部にゴルフ場を提訴したとの報道があった。クラブ側の拒否理由は「更衣室を利用するほかの女性会員から苦情が出る可能性があること」などだそうだ。不都合や苦情に備えて着替え用の個室を用意し、苦情が来てから本人や他の利用者と話し合って対策を考えれば済むのに「将来の苦情の予防措置として入会を拒否する」という理由づけはいかにも乱暴で、今後の動向に注目したい。
(静岡新聞web版アットエス 性別変更で入会拒否「不当」ゴルフクラブを提訴 2012/11/21 07:43)
電話相談の内容をみると、性的マイノリティの抱えている問題やニーズは、支援する立場の専門家にさえ未だ十分に理解されておらず、このままだと深刻な二次被害を招きかねない。そのため共生ネットでは『電話相談員のためのセクシュアル・マイノリティ支援ハンドブック』(500円)を発行して、広く提供している。また、緊急時・災害時における性的マイノリティ固有のニーズをまとめた『セクシュアル・マイノリティ緊急・災害支援マニュアル』を、緊急時・行政の制度設計をはじめ、自殺防止や暴力防止に関わる援助識者、救援活動や避難所運営などの緊急支援の関係者に配布する予定。性的マイノリティ支援経験者からのヒアリングと合わせて、現場で活用いただければ幸いです。