【1.はじめに】
本年6月24目、大阪地方裁判所において、大学で起きたアカデミック・ハラスメントの違法性を認める判決が出ました!ただ、最終的な結論としては、消滅時効により、原告らの求めていた損害賠償請求自体は認められませんでした。それでも、大学の教育・研究に関わるケースでは、一般に大学側に広範な裁量権が認められており、それだけに今回、はっきりと違法性が認められたことは特筆すべきことです。
以下、簡単に内容をご紹介させて頂きます。なお、このケースを担当した弁護士は、当事務所の宮地弁護士(主任)と当職です。
【2.事案の概要】
原告の一人であるX1さんは、歯科開業医の仕事のかたわら、平成12年に京都大学文学研究科(平成16年に独立行政法人化)に入学し、西洋古典の研究をしていたところ、ある日、担当教授Zから、X1さんの修士論文をもとに、Z教授を第一著者、X1さんを第二著者として、学術雑誌に投稿しようともちかけられました。この修士論文は、X1さんの歯科医としての知見に負うもので、気の遠くなるような膨大な調査を一人で手掛けた賜物でした。X1さんは、到底、共著提案を受け入れることはできないと丁重に断りました。にもかかわらず、その後、同研究科の別の教授Y1から共著提案を勧めるメールが二度にわたり、送信されてきました。
一方、時を同じくして、X1さんと同じ研究室で、X1さんより1年先輩となる原告X2さんが博士後期課程1年次の研究報告を提出したところ、指導教授Y2らから呼出しを受けて不合格判定を下され、当時、同大学内で前例のない留年扱いとされました。実は、X2さんは、先のZ教授による共著提案の席に、Z教授から誘われ、X1さんと一緒に同席していたのです。共著提案はX2さんには直接関係のない話でしたが、X2さんが不合格判定を受けたのは、X1さんが共著提案を断った直後のこと。しかも、X2さんの不合格判定にも格別合理的な理由がなかったことからすると、X1さんと親しいX2さんに不利益処分の圧力をかけることで、X1さんの共著提案拒否を撤回させようとする教授らの意図がありありと浮かび上がってきました。
そこで、X1さんとX2さんは、当時、大学内に置かれていた紛争解決手続きを利用して苦情を申し立てました。その中で、文学部は、X2さんの不合格判定・留年措置を取消し、二人が研究室に復帰できるように支援することを約束しました。しかし、その後、Y1、Y2教授ら本人からは、謝罪も直接の連絡もないどころか、Y2教授は、自ら文学部学友会ボックスに出向き、不特定多数の学生らに対し、Xさんらのことを「イギリスでなら病院に行かせて終わりだと思う」と誹膀中傷する発言をしました。このように自分たちを中傷する教授のもとで指導を受けることなどできましょうか。Xさんらの研究室復帰は到底不可能なものでした。
結局、大学内の手続きで解決ができないまま、原告らは、絶望のうちに退学に至りました。そこで、平成19年12月、京都大学及び教授Y1、Y2を被告として、本件提訴となったのです。
【3.裁判所の判断と今後の課題】
判決では、原告らの主張のうち、①Y1教援による共著勧奨行為、②Y2教授による留年措置と③原告らに対する名誉棄損行為について違法性を認定しました。
①につき、「学生が作成した修士論文について、共著として学術雑誌に投稿するか否かは、執筆者である学生自身が自由に決断すべき事項であって、指導教官が、教育指導上適切な範囲を超えて干渉する行為は、学生の人格権を害する違法な行為」と規範が明示されたことは、注目に値します。
②についても、留年措置が「教育的措置としての裁量を逸脱したものであり、違法」と明確に認定しており、大学教授の教育的裁量権という分厚い壁を破ることができました。
また、③については、裁判所が、一教授か教え子を誹謗中傷するという教育者にあるまじき振舞いをはっきり違法と認定したことは、当然のことではありますが、そのことで、特に京大を去り別の道に進むことを余儀なくされたX2さんの、この先も降りかかるかもしれなかった更なる名誉棄損の被害の防止に役立てることができたと思います。
ただ、冒頭に述べましたとおり、時効により損害賠償請求権が消滅したという結果に終わったことには悔しさが残ります。原告のお二人が初めて当事務所にご相談に来られた時点で、既に各加害行為時から3年を経過していたのですが、当方は、退学時まで被害が継続しているとみて、退学時を被害の発生時点と捉え、提訴に踏み切りました。しかし、裁判所の判断は、各加害行為時を時効の起算点とするというものでした。
そもそも提訴に至るまで時間を要したのは、結果として長期にわたった学内での紛争解決手続きの利用が原因の一つです。かえってこのような制度が被害者救済の足枷となるのでは本末転倒です。今後は、学内手続き利用の場合に時効の中断を認めるなど、何らかの法的手当てが講じられるべきではないでしょうか。