【性暴力は「精神的な死」をもたらす】
セクシュアル・ハラスメントや性暴力・DVの被害者は、個人差はあるが、多かれ少なかれ健康を害している。身体的な外傷や痛み・不調だけではなく、精神的な症状を抱えることが多い。「うつ状態」や「心因性反応」、「身体化症状」、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」、「パニック障害」などの診断を受けている。
このような精神的な病気は、その回復に時間がかかるうえに、一見すれば、健康そうに見えることもあり、第三者には、本人の辛さがなかなか伝わらず、理解されにくい。そのため、被害者の代理人としても、交渉相手の弁護士や裁判所に、被害の重大性を理解してもらうことは容易ではない。そこで、弁護士としては、病気に関する専門的な知識を持つことはもちろんであるが、裁判で闘っていくためには様々な工夫が必要となってくる。
とりわけ継続的な性暴力の被害を受けていた場合には、PTSDの程度も重く、寝起きすることや食事すること、身づくろいや入浴といった毎日の基本的な生活習慣すらままならない、そんな日常生活を長年にわたって余儀なくされていることもある。
民事裁判では、こういった重大な被害をもたらした加害者の責任を、金銭賠償という形で追及することになるが、ご承知のとおり、裁判所が認める慰謝料額は必ずしも被害に見合っているとは言えない。一時期、セクハラ事件の慰謝料が高額になったと言われた判決が出たこともあったが、実際には、多くの場合、それほど高額の慰謝料は認められていないのが実態である。性被害の重大さに関する裁判所の認識の低さに、がっかりさせられることがしばしばである。
性暴力は「精神的な死」をもたらす、すなわち、個人の人格的な生存権を根源から破壊する行為である。司法の世界では、そのことがまだ十分に理解されていない。しかも、ここ数年、PTSD診断が攻撃に晒されている。加害者側から、被害者の主治医が行ったPTSDの診断が間違っていると主張されることを何度も経験してきた。加害者側からは、まるでパターン化された言い分が出てくる。PTSDの診断基準を満たしていないのに安易にPTSDと診断しているとか、時には被害者の詐病であるとまで言う主張もある。そういった場合、決まって、PTSDには誤診が多いとする精神科医の著書を証拠に出して来たり、権威ある医師の意見書等を提出してくる。
【被害の実態に沿った判決を獲得】
いつも何人もの性暴力被害者に直に接している私からすれば、どんなに著名な医師かも知れないが、その書いている内容を読めば、この医師は性暴力被害者の患者を診た臨床経験がないとか、PTSDの専門医ではない、ということがすぐにわかる。裁判所にそのことを理解してもらうために、こちら側も専門家の協力を得て意見書を提出したり、性暴力被害の臨床経験に基づいた文献を提出するなどして応戦しなければならない。PTSDをめぐって、こんな「医学論争」が、裁判所で展開されているのである。
このように性暴力の被害の実態は理解されにくいことが多く、裁判では苦労をしたり、悔しい思いをすることが多い中、昨秋、大阪高等裁判所で、久々に快挙といえる判決を獲得した(本年3月末に加害者の上告が棄却され、確定した)。
加害者の地位・立場・権力を濫用した継続的な性交渉の強要、妊娠・中絶等により、PTSDとうつ病を発症した事件である。裁判所は、慰謝料として1200万円、及び、原告の症状が就労可能な状態にまで回復するのに10年程度の治療を要するとして、最初の2年間は労働能力の7割、続く3年間はその5割、続く5年間はその3割を喪失したとして、賃金センサスの平均年収に基づいて約1300万円の休業損害を認めた。
回復の途中段階にあるPTSDについて、回復するまでの休業損害として、その症状の回復の度合いに応じて損害額を算定した判決に、被害実態に沿った考え方だと納得させられた。今後の類似ケースの参考になる判例と考え、本人の承諾を得てここに紹介する。