【モロッコとエジプトで出会った女性たち】
私が初めてイスラムの国を訪れたのは、スペインからモロッコの北端の街への一泊旅行であった。街に向かうバスに乗車した私の目に映ったのは、田舎道に点々とするべ一ルをかぶり、全身を黒いマントのような衣服に身を包んだ女性たちの姿であった。イスラムに関する知識が全くなかった私には、とても不思議な光景であった。街に到着すると、往来する人も、労働者も、飲食店の客もみな男性ばかり。女性の姿を見かけない。市場を訪れてようやく女性たちに出会えた。
その後、エジプトを訪れた時は、道路に面した店に水タバコを吸う男性たちがずらりと並んでいた。そこには女性の姿はない。ガイドの若い男性は、結婚や家庭のことなどについて話してくれた。親の決めた婚約者がいるが、結婚するには多額の支度金を準備しなければならないので結婚は1~2年先であること、結婚前に二人で戸外に外出することはできないこと、結婚の時に契約書を作ること、イスラムで4人の妻を持つことができるのは夫に先立たれた女性を経済的に救済するためであること等々。
また、たくさんの子どもたちが「シーシー」と言って近寄ってきたが、その背景には、富める者は貧しい者に与えよというイスラムの喜捨の教えがあった。その子どもたちに案内されて自宅を訪ねると、カラフルな絵柄のドレスを身につけた母親が、甘い紅茶のようなお茶を勧めてもてなしてくれた。狭くて暗い部屋であったが、戸外では黒服を身につけても家の中では自由な服装をしていた。
こういう体験から、イスラムの女性の人権に興味を持つようになったが、その後、アフガニスタンでイスラム原理主義のタリバン政権が誕生し、女性たちが教職や医師などの職から追放され、社会的活動から締め出され、女児が学校に行くことを禁止され、女性が外出する時には頭と手足どころか顔までも隠さなければならないことになった。10年ほど前のことである。
【女性の人権を奪う「シャリア」】
ところで、「名誉の殺人」という言葉を聞いたことがあるだろうか。たとえば未婚の女性が男性と交際して妊娠すると、家族の名誉を汚したとされ、一族の名誉を守るために家族の男性の手によって女性が殺害される。
性器切除(FGM)に関する報告には、性器切除を受けた女児が、切除による後遺症で血が溜まって腹部が膨らんできたことが「妊娠」と誤信され、家族の手によって殺害されたという例も報告されている。世界中で年間6千人の女性たちが「名誉の殺人」の犠牲になっているという。
周囲の者は、娘に罰を与えた家族を褒め称え、たとえ国が法律で禁止しても、加害者が殺人の罪で処罰されることはないのだそうだ。ヨルダン、トルコ、イラン、イラク、イエメン、シスヨルダン、インド、パキスタン、イスラエル、そしてヨーロッパで起きているという。
また、近年、女性の権利をある意味では擁護していたコーランの教えに反して、「シャリア」という法を神に対する義務として崇拝する「政治的イスラム」が、イスラムの一部の国に広がっている。
シャリアによれば、ムスリム男性は妻を殴ってもよい(1998年ドバイ裁判所は、殴打が骨折や体型変形を招くほど強力なものでなければ、夫は「躾け目的」で妻を殴ることができるとした)。また、男性は即座に妻を離縁できる(マレーシアでは「親の家から出なければ、離婚する」という留守電メッセージを残しただけで離縁が認められた)。
そして、強姦の罪が成立するためには4人の成人ムスリム男性の証人が必要であるとされ、これが満たされずに加害者が有罪とならなければ、逆に被害女性が姦通の罪で逮捕される。夫を亡くした女性や離婚女性が妊娠すれば、強姦を証明する目撃者がいない限り、鞭打ち刑や投石による死刑を宣告される。姦通やその他死刑に値する犯罪で女性や未成年者の証言は認められていない(パキスタン)。女性が離婚した元夫と再婚するためには、まず別の男性と結婚して性的に交わり、その夫から離縁されなければならない(バングラディシュ)。等々。重大な人権侵害である。
【闘いの壁は高いけれど】
当該国の女性たちは、まさに生死をかけて暴力と闘っているが、私たちには一体、何ができるのだろうか。昨年、東京地裁では、母国に帰国すれば、家族によって、死亡した婚約者の兄との結婚を強制され、その結婚を拒否すれば名誉殺人の被害者になる可能性が高いことを理由として、難民申請をしていたアフガニスタン女性の訴えが棄却された。また、先日、私と有村弁護士が担当したシャリア法の服装規定(べ一ルを被る等)に違反したスーダン女性の難民申請の事件も敗訴に終わった。日本での闘いの壁もまだまだ高いのが現実である。女性に対する暴力を、重大な人権侵害を許してはいけないと声を出し続けていかなければならない。